リスク・プレミアム戦略運用入門

銀行などで働いている金融のプロの方に向けて発信する『リスク・プレミアム運用』の教科書的ブログです。ご意見・コメントどんどんお寄せ下さいませ。

1-5 リスク・プレミアム戦略運用とは何か?

 

これまで説明してきたリスク・プレミアムの歴史を簡単にまとめると下記となる。

 

表 6 リスク・プレミアムの歴史

 

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ここで本章の最初にした質問「リスク・プレミア投資(運用)を定義する場合、どの説明・記述が近しいと思いますか?」の答えを振り返ってみる。

 

  • ヘッジファンドが採用してきた投資手法のうち、恣意性を排除しルール・ベースで再現したもの
  • ファクター投資から(ベンチマークをショートすることなどにより)ベータ部分以外を抽出したもの
  • バリュー、サイズなど、投資スタイルに分けて投資するもの
  • 規則性を持つシステマティック・リスクの対価を獲得することを目指したもの

 

回答の選択肢と年表における現在時点において、各関係者が主導するリスク・プレミアム戦略運用に対するスタンスと上記の質問の回答の選択肢には一定の類似性が見られる。詳しくまとめると各関係者によってリスク・プレミアム戦略運用は下記のように解釈されている。

 

  • ヘッジファンド複製型解釈

年金向けに金融商品をマーケティングしている運用会社やコンサルタントはノルウェー・モデルが念頭にあるため、それを発展させたヘッジファンド代替という形でリスク・プレミアム戦略運用を推奨・紹介することが多い。そのため、運用会社や年金コンサルタントにリスク・プレミアム戦略運用の推奨を受ける年金基金は「リスク・プレミアム戦略運用=ヘッジファンド代替」と解釈する傾向にある。

高度なリスク管理を年金基金自身ができない限り、負債年限の長い年金に対して、シングル・リスク・プレミアムの推奨を受けることは現実的ではないし、そんな非現実的な推奨を行う年金コンサルタントはまずいないと考えられる。結果として、マルチ・リスク・プレミアム戦略運用とすることにより、20年から30年、もしくはそれ以上という長期的な投資スパンにおいてプラスのリターンが期待されるというストーリーでの推奨が行われるのではないであろうか。但し、私がかかわった日本の年金基金向けコンサルタントで、ファクターやリスク・プレミアム戦略運用に対して積極的に推奨を行う、ということはあまり無かったようにおもわれる。これはコンサルタント・レベルではファクター運用やリスク・プレミアム戦略運用についての基本的な知識があったとしても、推奨を受ける側の年金基金にそれらの新しい運用コンセプトに対して運用ガイドラインの柔軟性などを含めた運用体制が整っていないということが背景として考えられる。

 

  • オルタナティブ・ベータ型解釈

  機関投資家向けに営業を行っている投資銀行は、年金向けに成功したリスク・プレミアム戦略運用をパッシブ運用の新たな運用手段として提供することを試みた。その際に、彼らはオルタナティブ・ベータという言葉を積極的に使用してきた。

機関投資家は原則、社内失業を誘発する可能性がある運用委託という行為自体を行わないため、リスク・プレミアム戦略運用を行う場合においては、シングル・リスク・プレミアムの獲得を目指すことが多い。分散投資の恩恵を受けることができないため、シングル・リスク・プレミアム戦略運用はマルチ・リスク・プレミアム戦略運用に比べ相対的にボラティリティリティが大きくなる傾向がある。結果として投資銀行がシングル・リスク・プレミアム戦略運用を提案する際には、いまの推奨タイミングはよいタイミングであるというニュアンスが含まれている。年金基金との決定的な違いは、リスク・プレミアムがこのタイミングで効くか効かないかという点を判断することを機関投資家自身に任されているという点である。当然ながらそれが機関投資家の腕の見せ所ということになる。

またリスクを抑えるために、シングル・リスク・プレミアムの獲得方法がロング・ショートの形態となる場合が多い。そのため、オルタナティブ・ベータの文脈でリスク・プレミアム運用戦略の説明をした場合にロング・ショートのみの形態であるという前提がおかれる場合がある。

 

  • スタイル投資的解釈

広く個人向けにはそもそもヘッジファンドの投資も行われず、オルタナティブ・ベータと言う解釈も行われてこなかった。個人には2000年代から長く行われてきた4大ミクロ・リスク・プレミアムがパフォーマンスがよいという流れの中でのプロダクト提供が行われてきたように思う。このようなファンドは特に米国や欧州の大手運用会社が組成していることが多く、フィーも相応に安い。

近年は非時価総額加重平均指数であるスマート・ベータを利用した運用が脚光を浴びている。代表的なスマート・ベータ指数連動ファンドとしてJPX400連動ファンドなどがある。

 

  • システマティック・リスク的解釈

1950年代にCAPMを起源として産声をあげたリスク・プレミアムの概念をもとにした説明である。CAPMのようにシングル・リスク・プレミアムではなく、そこから発展したマルチ・ファクター・リスク・プレミアムをもとに考えれば、すべてのシステマティックなリスクに対する対価の獲得が含まれるため、ある意味で、上記の3つの概念すべてを包括する概念といえる。

 

これをまとめると下記のようになる。

 

図 9 各関係者のリスク・プレミアム戦略運用への関わり

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各関係者の定義に関してはどれが誤りというつもりはないが、本書ではリスク・プレミアム戦略運用の定義を「規則的なシステマティック・リスクの獲得を目指すもの」としたい。

  

より、定義の内容を明確にするために、リスク・プレミアム戦略運用に投げかけられる代表的な質問について確認する。

 

代表的質問1:クオンツ戦略運用と何が違うの?

回答:クオンツ戦略運用とはマルチ・リスク・プレミアム運用内の各戦略の選択やアロケーションを機械的に行う運用なので、リスク・プレミアム戦略運用の一形態である。逆にクオンツでないリスク・プレミアム戦略運用の例としては、①シングル・リスク・プレミアムに投資する場合と②マルチ・リスク・プレミアム戦略運用のアロケーション等の決定が裁量によって決められるというようなものである。

 

代表的質問2:ルール・ベースの運用と何が違うの?

回答:本質問は何か取引ルールがあればなんでもリスク・プレミアムと言うことができるのではないか?と言い換えることができる(つまり、どんな投資もリスク・プレミアムと言うことができるのではないか?という問いかけである)。これは、そのルール・ベースの取引をすることによって、どのリスク・プレミアム獲得を意図しているのか?ということを問えばよい。例えばシーズン効果は年前半には株価が上がりやすく、後半に下がりやすいというようなリスク・プレミアムである。このリスク・プレミアムの獲得を目指すために1月に株を買って6月に売るという取引ルールを設けた場合、この取引リスク・プレミアム戦略運用であるが、一方特に意図もなく(そんなことをする人はいないとは思うのだが)、年初にさいころ2つを2回振って、合計の少ない月に購入して、合計の多い月に売却するという取引をルール・ベースで行っても獲得を目指すリスク・プレミアムが存在しないのであるから、この投資戦略はリスク・プレミアム戦略投資とは呼べない。

 

 

どのリスク・プレミアムの獲得を目指しているのか?ということはもちろん、シングル・リスク・プレミアムの獲得を目指すのか?それともマルチ・リスク・プレミアムの獲得を目指すのかという点をクリアーにすることはリスク・プレミアム戦略運用には非常に重要である。さらにいえば、2章で見ていくようにシングル・リスク・プレミアムの獲得を目指したとしてもその要素だけうまく取り出せているかという点は検証が必要であるし[1]、プロダクトによっては複数のリスク・プレミアムの獲得が不可避ということもありうる[2]

また、シングル・リスク・プレミアムの獲得を目指す場合にはなぜそのシングル・リスク・プレミアムの獲得を目指すのか?という点を明確にする必要がある。これは特にパフォーマンスが悪くなった際に、そもそも獲得を試みているリスク・プレミアムの性質上、「この局面で負けるのは当然」というような割りきりがもてるかという点が重要である[3]

 

それらを踏まえて第2章以降では適格機関投資家向けに最も普及している4つのリスク・プレミアムについて説明していきたいと思う。

 

[1] ボラティリティ関係のリスク・プレミアムの獲得を目指しているのにもかかわらず、デルタヘッジがうまくいっていないがためにイールドカーブのリスクプレミアムのリスクもとってしまう場合などがそれにあたる

[2] 通貨ベーシスのイールド・カーブのロールダウン効果の獲得を目指したい場合に通貨スワップ単品でロング・ショートを組むだけではなく、担保の制約上、現物運用をともなったJGBアセット・スワップの形態で取るしかないということもありえる。結果として、実質的に米国債券投資に付随するリスク・プレミアムや日本国債のクレジット・スプレッドに起因するリスク・プレミアムを取らざるを得ないという可能性が出てくる。これらの詳細は第2章以降で確認していく。

[3] 商品提供者でも投資家でも同様だが、シングル・リスク・プレミアム戦略運用が常に勝てるというオールウェザー運用であるかのような幻想を持ってしまうリスクがある。