リスク・プレミアム戦略運用入門

銀行などで働いている金融のプロの方に向けて発信する『リスク・プレミアム運用』の教科書的ブログです。ご意見・コメントどんどんお寄せ下さいませ。

 1-1 リスク・プレミアム戦略運用の関係者

 
<本節の要約>
→運用のプロの間でも「リスク・プレミアム戦略運用」の定義は定まっていない。
→この定義が定まっていないこと自体には明確な理由がある。
→その理由を説明するに当り研究者、金融商品提供者、投資家のそれぞれの立場を理解する必要がある。
→登場する三者の立場を理解することは「リスク・プレミアム戦略運用」の歴史を学び、本質的な理解の助けとなる。

読者はリスク・プレミアム戦略運用の定義と聞かれ、どのように答えるだろうか。先日、資産運用関係のセミナーで運用のプロである参加者を対象に同様のアンケートを行ったのでみてみよう。 質問:リスク・プレミア投資(運用)を定義する場合、どの説明・記述が近しいと思いますか? (ア) ヘッジファンドが採用してきた投資手法のうち、恣意性を排除し、ルール・ベースで再現したもの (イ) ファクター投資から(ベンチマークをショートすることなどにより)ベータ部分以外を抽出したもの (ウ) バリュー、サイズなど、投資スタイルに分けて投資するもの (エ) 規則性を持つシステマティック・リスクの対価を獲得することを目指したもの この章の目的は上記の問いに対して回答を出すことであるが、即座に回答することはむつかしいのではないだろうか。実際に上記の質問の回答も非常にバラエティに飛んだものであった。わたしはこのように金融用語にもかかわらず、しかもプロの間でさえ定義にばらつきがあることには明確な理由があると考えている。 「リスク・プレミアム戦略運用」とは、さまざまな側面をもつ用語である。この運用は具体的な資産運用の方法そのものであるが、近年、機関投資家の耳に聞こえてくる範囲では、「ある特定の金融商品もしくは運用手法を指すマーケティング用語」という側面が強い。 マーケティング用語と聞くと警戒感を抱く人もいるだろうが、単なるマーケティング用語であれば、先進的な運用をしている年金基金や運用会社などの機関投資家が採用する理由はないのではなかろうか。実際には、主に証券会社や運用会社などの金融商品提供者がリスク・プレミアム戦略運用を提供することを通じて商業的な成功を目指す一方で、ファイナンスの研究者の研究対象となるようなアカデミックな側面も持ち合わせている点には注意が必要である。 リスク・プレミアム運用戦略を説明するにあたり、リスク・プレミアム戦略運用にかかわる人がどのような背景でかかわり、使用しているかを整理することを出発点としたい。

 

図 1関係者のイメージ図

 

まず、研究者、金融商品提供者(以下、単に“提供者”と呼ぶ場合がある)、投資家は、それぞれどのような背景・側面を持ってリスク・プレミアム戦略運用に関係しているのか、概要について説明する。

 

研究者の背景

 ファイナンス分野の研究者から見た場合、市場や投資行動は科学的なものであり、リスク・プレミアム戦略運用は魅力的な研究対象の一つである(リスク・プレミアムという用語はそもそも資本資産評価モデルの構築過程において使用されるようになった)。研究が盛んな背景としては、リスク・プレミアム戦略運用はファンド・マネージャーやトレーダーのアルファの数式化が比較的容易で、流動性が高く豊富なデータによって常に検証が容易であることが挙げられる。リスク・プレミアム戦略運用を理解するうえで、成り立ちやどのように発展してきたかという点とどのように派生してきたかを見れば、大いに助けとなることは間違いない

そこで、1-2ではどのようにリスク・プレミアムという言葉が生まれ、どのように学術分野で発達していったかを解説したいと思う。

 

提供者の背景

金融商品提供者の最大のインセンティブは金融商品の販売を通じた営業的な利益である(当然そのためには顧客である最終投資家に損失を継続的に出させるわけにはいかないことには注意が必要である)。リスク・プレミアム戦略運用を投資家に提供する金融商品提供者は大きく運用会社と証券会社(投資銀行)に分けられる。運用会社でリスク・プレミアム戦略運用を提供している代表的なプレーヤーは、BlackRock やVanguard などETFのプレーヤーと一部のリスク・プレミアム運用に特化した運用会社などである。証券会社については、Goldman Sachs やUBSなどである。各社に共通するのは、リスク・プレミアム戦略運用を通じて受益者になんらかの正の収益をもたらす対価として、残高に対して一定の委託報酬や取引コストを獲得する点である。残高ビジネスは、原則としてパフォーマンスが悪いものは売れないため、運用会社であろうと証券会社であろうと、過去相応にパフォーマンスの良い金融商品を提案できるように継続して力を入れてきた。

運用会社と証券会社のスタンスの違いとは、一般的に投資信託が集団投資スキームであることに重きを置く海外の運用会社の場合、原則として顧客ごとのカスタマイズを行わない。その結果として取引コストは安くなるものの比較的汎用的な金融商品に偏りやすい。これに対して、証券会社が提供するリスク・プレミアム戦略運用は小額からでもカスタマイズができる場合が多く、日本の投資家、特に地方金融機関が投資しやすい5億円から20億円程度の投資金額に適している。そのため、日本においてのリスク・プレミアム戦略運用の提供者というと、一義的には証券会社を想定される人が多いのではないかと想像される。1-3では提供者が考えるリスク・プレミアム戦略運用について考えて行きたい。

 

投資家の背景

投資家にとって一番重要なことはポートフォリオの運用を通じて収益を得ることであろう。彼らにとっては究極的に投資活動を通じて勝つことができるのであれば、投資対象がリスク・プレミアム投資運用であろうとなかろうと関係ない。しかし、当然簡単に勝つこともできないために、必然として慎重な投資対象の選定が行われる。そして注目されている選択肢の一つがリスク・プレミアム戦略運用である。

リスク・プレミアム戦略運用リスク・プレミアム戦略運用リスク・プレミアム戦略運用の最も大きなバイヤーは、間違いなく北欧諸国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク)の年金基金である。2006年前後から既に彼ら[1]は主要な投資対象としてリスク・プレミアム戦略運用を行っている。ヘッジファンド投資からリスク・プレミアム戦略運用への変遷にはさまざまな理由はあるが[2]、最も大きな理由はヘッジファンド投資がうまく機能しないという経験に基づいていると考えられる。 

北欧諸国は、元々福祉国家として社会保障費などを捻出する必要性があるため、歴史的にも資産運用に対して積極的である。当然ヘッジファンドなどの研究も盛んであったが、リーマンショック前から多くのヘッジファンドは高い手数料に対してパフォーマンスが見合わないということに気づき、徐々に代替戦略としてリスク・プレミアム戦略運用に切り替え始めた。海外で具体的にどのような運用がされているかは日本の機関投資家にはあまり関心がない内容かもしれないので紹介は補足に譲るが、グローバルには彼らが引き続きリスク・プレミアム戦略運用の主役であるといえる。1-4では投資家が実際に取り組んできたリスク・プレミアム戦略運用についてみていきたい。

お読みいただければわかるとおもうが、研究者・提供者・投資家が考えるリスク・プレミアム戦略投資をまとめることを通じて、リスク・プレミアム戦略運用の歴史をたどることになる。どのようにリスク・プレミアム戦略運用が生まれ、変って来たかということが分かるだろう。そして、なぜ三者に違いがあるかということを踏まえ、本書ではリスク・プレミアム戦略投資を定義したいと考えている。

 

[1][1]

[2] このような例として代表的なのは、スウェーデンの年金基金であるAPRなどがある。