リスク・プレミアム戦略運用入門

銀行などで働いている金融のプロの方に向けて発信する『リスク・プレミアム運用』の教科書的ブログです。ご意見・コメントどんどんお寄せ下さいませ。

 1-1 リスク・プレミアム戦略運用の関係者

 
<本節の要約>
→運用のプロの間でも「リスク・プレミアム戦略運用」の定義は定まっていない。
→この定義が定まっていないこと自体には明確な理由がある。
→その理由を説明するに当り研究者、金融商品提供者、投資家のそれぞれの立場を理解する必要がある。
→登場する三者の立場を理解することは「リスク・プレミアム戦略運用」の歴史を学び、本質的な理解の助けとなる。

読者はリスク・プレミアム戦略運用の定義と聞かれ、どのように答えるだろうか。先日、資産運用関係のセミナーで運用のプロである参加者を対象に同様のアンケートを行ったのでみてみよう。 質問:リスク・プレミア投資(運用)を定義する場合、どの説明・記述が近しいと思いますか? (ア) ヘッジファンドが採用してきた投資手法のうち、恣意性を排除し、ルール・ベースで再現したもの (イ) ファクター投資から(ベンチマークをショートすることなどにより)ベータ部分以外を抽出したもの (ウ) バリュー、サイズなど、投資スタイルに分けて投資するもの (エ) 規則性を持つシステマティック・リスクの対価を獲得することを目指したもの この章の目的は上記の問いに対して回答を出すことであるが、即座に回答することはむつかしいのではないだろうか。実際に上記の質問の回答も非常にバラエティに飛んだものであった。わたしはこのように金融用語にもかかわらず、しかもプロの間でさえ定義にばらつきがあることには明確な理由があると考えている。 「リスク・プレミアム戦略運用」とは、さまざまな側面をもつ用語である。この運用は具体的な資産運用の方法そのものであるが、近年、機関投資家の耳に聞こえてくる範囲では、「ある特定の金融商品もしくは運用手法を指すマーケティング用語」という側面が強い。 マーケティング用語と聞くと警戒感を抱く人もいるだろうが、単なるマーケティング用語であれば、先進的な運用をしている年金基金や運用会社などの機関投資家が採用する理由はないのではなかろうか。実際には、主に証券会社や運用会社などの金融商品提供者がリスク・プレミアム戦略運用を提供することを通じて商業的な成功を目指す一方で、ファイナンスの研究者の研究対象となるようなアカデミックな側面も持ち合わせている点には注意が必要である。 リスク・プレミアム運用戦略を説明するにあたり、リスク・プレミアム戦略運用にかかわる人がどのような背景でかかわり、使用しているかを整理することを出発点としたい。

 

図 1関係者のイメージ図

 

まず、研究者、金融商品提供者(以下、単に“提供者”と呼ぶ場合がある)、投資家は、それぞれどのような背景・側面を持ってリスク・プレミアム戦略運用に関係しているのか、概要について説明する。

 

研究者の背景

 ファイナンス分野の研究者から見た場合、市場や投資行動は科学的なものであり、リスク・プレミアム戦略運用は魅力的な研究対象の一つである(リスク・プレミアムという用語はそもそも資本資産評価モデルの構築過程において使用されるようになった)。研究が盛んな背景としては、リスク・プレミアム戦略運用はファンド・マネージャーやトレーダーのアルファの数式化が比較的容易で、流動性が高く豊富なデータによって常に検証が容易であることが挙げられる。リスク・プレミアム戦略運用を理解するうえで、成り立ちやどのように発展してきたかという点とどのように派生してきたかを見れば、大いに助けとなることは間違いない

そこで、1-2ではどのようにリスク・プレミアムという言葉が生まれ、どのように学術分野で発達していったかを解説したいと思う。

 

提供者の背景

金融商品提供者の最大のインセンティブは金融商品の販売を通じた営業的な利益である(当然そのためには顧客である最終投資家に損失を継続的に出させるわけにはいかないことには注意が必要である)。リスク・プレミアム戦略運用を投資家に提供する金融商品提供者は大きく運用会社と証券会社(投資銀行)に分けられる。運用会社でリスク・プレミアム戦略運用を提供している代表的なプレーヤーは、BlackRock やVanguard などETFのプレーヤーと一部のリスク・プレミアム運用に特化した運用会社などである。証券会社については、Goldman Sachs やUBSなどである。各社に共通するのは、リスク・プレミアム戦略運用を通じて受益者になんらかの正の収益をもたらす対価として、残高に対して一定の委託報酬や取引コストを獲得する点である。残高ビジネスは、原則としてパフォーマンスが悪いものは売れないため、運用会社であろうと証券会社であろうと、過去相応にパフォーマンスの良い金融商品を提案できるように継続して力を入れてきた。

運用会社と証券会社のスタンスの違いとは、一般的に投資信託が集団投資スキームであることに重きを置く海外の運用会社の場合、原則として顧客ごとのカスタマイズを行わない。その結果として取引コストは安くなるものの比較的汎用的な金融商品に偏りやすい。これに対して、証券会社が提供するリスク・プレミアム戦略運用は小額からでもカスタマイズができる場合が多く、日本の投資家、特に地方金融機関が投資しやすい5億円から20億円程度の投資金額に適している。そのため、日本においてのリスク・プレミアム戦略運用の提供者というと、一義的には証券会社を想定される人が多いのではないかと想像される。1-3では提供者が考えるリスク・プレミアム戦略運用について考えて行きたい。

 

投資家の背景

投資家にとって一番重要なことはポートフォリオの運用を通じて収益を得ることであろう。彼らにとっては究極的に投資活動を通じて勝つことができるのであれば、投資対象がリスク・プレミアム投資運用であろうとなかろうと関係ない。しかし、当然簡単に勝つこともできないために、必然として慎重な投資対象の選定が行われる。そして注目されている選択肢の一つがリスク・プレミアム戦略運用である。

リスク・プレミアム戦略運用リスク・プレミアム戦略運用リスク・プレミアム戦略運用の最も大きなバイヤーは、間違いなく北欧諸国(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク)の年金基金である。2006年前後から既に彼ら[1]は主要な投資対象としてリスク・プレミアム戦略運用を行っている。ヘッジファンド投資からリスク・プレミアム戦略運用への変遷にはさまざまな理由はあるが[2]、最も大きな理由はヘッジファンド投資がうまく機能しないという経験に基づいていると考えられる。 

北欧諸国は、元々福祉国家として社会保障費などを捻出する必要性があるため、歴史的にも資産運用に対して積極的である。当然ヘッジファンドなどの研究も盛んであったが、リーマンショック前から多くのヘッジファンドは高い手数料に対してパフォーマンスが見合わないということに気づき、徐々に代替戦略としてリスク・プレミアム戦略運用に切り替え始めた。海外で具体的にどのような運用がされているかは日本の機関投資家にはあまり関心がない内容かもしれないので紹介は補足に譲るが、グローバルには彼らが引き続きリスク・プレミアム戦略運用の主役であるといえる。1-4では投資家が実際に取り組んできたリスク・プレミアム戦略運用についてみていきたい。

お読みいただければわかるとおもうが、研究者・提供者・投資家が考えるリスク・プレミアム戦略投資をまとめることを通じて、リスク・プレミアム戦略運用の歴史をたどることになる。どのようにリスク・プレミアム戦略運用が生まれ、変って来たかということが分かるだろう。そして、なぜ三者に違いがあるかということを踏まえ、本書ではリスク・プレミアム戦略投資を定義したいと考えている。

 

[1][1]

[2] このような例として代表的なのは、スウェーデンの年金基金であるAPRなどがある。

1-2 研究者から見たリスク・プレミアム戦略運用

 

本節では、研究者の観点からリスク・プレミアム戦略運用について解説する。運用においてアカデミックなバックグラウンドはあまり興味がないという運用担当者は読み飛ばしても差し支えはない[1]

 

[1] 経験豊富な運用担当者が、意図せずリスク・プレミアム戦略的な運用を行なうという例は良くあることであり、そのような運用者のほうが学術的なものを意識しない運用者よりもパフォーマンスが良い場合があることも事実である。

 

<本節の要約>
→リスク・プレミアムというコンセプトは、ウィリアム・シャープ(1990年ノーベル経済学賞受賞)らが構築した「資本資産価格モデル(CAPM)」において初めて使用されており、彼らがリスク・プレミアム戦略運用の生みの親ともいえる。
→リスク・プレミアムは、CAPMの類型であるシングル・ファクター・モデル及び発展型であるマルチ・ファクター・モデルにおいては、ファクター・リスク・プレミアムと呼ばれている。
→研究者が考えるリスク・プレミアムとは規則性をもったシステマティック・リスクに対する対価としての収益の源泉という意味をもつ。
→経済学においては、80年以上の実証研究が行われ、行動経済学的な裏打ちもある代表的な4つのファクター・リスク・プレミアムが存在する。

リスク・プレミアムというコンセプトの誕生

リスク・プレミアムという言葉が使われた最も古く著名な論文は、1960年代に定式化された「資本資産評価モデル(Capital Asset Pricing Model=CAPM)」においてであろう。CAPMはハリー・マーコヴィツによって1952年に導入された分散投資効果や平均・分散効用アプローチなどの基本概念をもとにJack Treynor,William Sharpe, John Lintner,Jan Mossion らが発展・完成させた。この偉業によりシャープとマーコヴィツは1990年にノーベル経済学賞を受賞している。[1]

CAPMから得られる重要な結論のひとつとして以下の関係式がある。

 

[1] リントナーとモッシンはすでに他界しており、トレイナーは初期の論文が発表されず受賞に値するとは認められなかった。

 

数式 1CAPMで定義されるリスク・プレミアム

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CAPMでは、上記の「市場期待リターン-無リスク金利」をリスク・プレミアムと呼んでいる。ここではじめてリスク・プレミアムというコンセプトが産声を上げることとなる。CAPMの意味するところを以下の事例で簡単に見ていく。

例えば、以下のように仮定した場合

  1. 現在の日本の無リスク金利を0%
  2. 市場期待リターンをTOPIXのリターン
  3. その場合、リスク・プレミアムは(2)よりTOPIXのリターンそのもの
  4. IT企業Aの感応度を2 、ガス会社Bの感応度を5

AとBの期待リターンはTOPIXの期待リターンによって求められる。仮に、TOPIXの期待リターンが10%であればIT企業Aの期待リターンは20%であり、ガス会社Bの期待リターンは5%となる。マイナス10%であればIT企業Aの期待リターンは-20%であり、ガス会社Bの期待リターンは-5%となる。

CAPMをシングル・ファクター・モデルで表すと図1-2のようなイメージとなる[1]。また、シングル・ファクター・モデルにおいてCAPMでリスク・プレミアムと呼んでいたものをファクター・プレミアムもしくはファクター・リスク・プレミアムと呼ぶ場合がある。そのため、本書では他のファクター・リスク・プレミアムと区別するために、市場ポートフォリオそのものをファクターとするファクター・リスク・プレミアムを「マーケット・ファクター・リスク・プレミアム」と呼ぶことにする。これに対して、たとえば、企業時価総額の割安度をファクターとするリスク・プレミアムは「バリュー・ファクター・リスク・プレミアム(もしくは単にバリュー・ファクター)」などと呼ばれる。

 

図 2シングル・ファクター・モデル

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[1] *CAPMとシングル・ファクター・モデルは厳密には異なるが、実質的には同じと考えてよい。

 

まず、この図が示す重要なポイントは

  1. ベータとはリスク量をあらわしており、リスクとはファクターに対するエクスポージャーである。つまり「ベータ=リスク=ファクターに対するエクスポージャー」という関係が成り立つ。
  2. 上記ではマーケット・ファクター・リスク・プレミアムはリスクの増加に対して比例する形で増加しているが、実際は観測期間によってはリスクの増加に対して減少しうる。

 特に2番目のポイントである「マーケット・ファクター・リスク・プレミアムはマイナスになりうる」という点は非常に重要である。マーケット・ファクター・リスク・プレミアムは(3)より、市場インデックスの ”無リスク金利に対する超過リターン” であるため、短期的に市場環境が悪い局面ではプラスもマイナスにも振れる可能性がある点には注意が必要である。[1]それ自体は市場ポートフォリオ、仮にTOPIXであれば、TOPIXがマイナスになりうることは誰もが感じられることだとは思うのだが、たとえば、前出のバリュー・ファクターがマイナスになりうるということを受け入れてもらうことが難しい場合がある。これは同様にファクター・リスク・プレミアムであるTOPIXがマイナスになるかもしれないということをいっているに過ぎない。この点は何度も出てくるので、ぜひともご理解いただきたいポイントである。

今後、ファクター・プレミアムもしくはファクター・リスク・プレミアムという言葉が頻繁に出るため、今一度この言葉について整理したい。

シングル・ファクター・モデルにおけるリスク・プレミアムとは

  • (市場ポートフォリオの)リターンである
  • (市場ポートフォリオに対するエクスポージャーを取るという)収益の源泉という意味で使われることがある

本来のCAPMもしくはシングル・ファクター・モデルにおいて、リスク・プレミアムは10%やマイナス10%などの数値である。

一方である証券のリターンが複数のリスク・プレミアムとその感応度であらわされるような場合、例えば今回は「このリスク・プレミアムが効いている(=貢献度が高い)」などという言い方が使われたりするが、この文脈では、収益の源泉という意味で使われている。この収益の源泉はリスク・プレミアム戦略運用において、規則性を持つシステマティック・リスクの対価であると考えられている。

 

CAPMの拡張:ラショナリストとビヘイビアリストの戦い

さて、CAPMにおいて、証券の期待リターンを市場ポートフォリオのリターン、感応度、無リスク金利という非常にシンプルなインプットで求めることができるCAPM及びシングル・ファクター・モデルは革新的なモデルである一方、CAPMの論文には二つの大きな批判があった。[2]

一つは、CAPMを提唱したシャープ自身も属する市場の完全性を前提としている派閥(彼らを経済合理主義者=ラショナリストと呼ぶ)からの「完全市場における真の『市場ポートフォリオ』という仮想物は、現実世界では観測不可能でありCAPMは理想論である」というCAPMの実証不可能性にフォーカスを当てたロールの批判である。

そしてもう一つは、「実際のマーケットにおいて、マーケットはシングル・ファクターでは説明できない事象が数多くある。例えば、小型株の相対リターンが高かったり、季節性などの影響があったりというアノマリー(経験則に基づいた法則)が見られ、CAPMの通りに株価期待値予想をすることは難しい」という批判である。

そこで、それぞれの批判に対しCAPMを支持する人達からは、CAPMの拡張や論理的背景についての補強がされた。その代表として、CAPMの前提条件を緩和することによりモデルの汎用化を試みた裁定価格理論(ARPと呼ばれる)やCAPMの拡張モデルとなるファーマ・フレンチの3ファクター・モデルがある。

一方、経済合理主義者ではない派閥では「行動ファイナンス」という分野に相当する研究によって論理的背景についての補強を試みた(彼らをビヘイビアリストと呼ぶ)。行動ファイナンスは、投資家の合理性の水準には一定の限界があるという考えから、CAPMではアノマリーが説明できないという批判をうけ、2002年にノーベル経済学賞を受賞したカーネマン達によって発見・研究された経済の一分野である。「行動ファイナンス」において、人々は常に合理的に行動するとは限らないというスタンスを取り、心理学を経済学理論の理解に援用するという点が画期的であった。例えば「株価は上昇トレンドが続いているから、まだ上がるはずだ!」というのは、経済合理主義者からみれば、全く理論的な裏付けがなく合理的ではないが、投資家がそのような心理バイアスを持ち投資活動を行うことは往々としてありうることなどが挙げられる。

CAPMの登場からファクター・リスク・プレミアム投資の興隆に至る過程で裁定価格理論の登場や行動経済学の発生と発展などの流れがあるが、そのような議論の外観をまとめると下記となる。

 

図 3CAPMからファクター投資への歴史

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[1] 以降で「小型株ファクター・プレミアム」や「バリュー・ファクター・プレミアム」など、さまざまなファクター・プレミアムの議論の中では、この点については議論しない。それは、「ファクターに投資していれば大丈夫」という議論は、シングル・ファクター・モデルでいえば、「株に投資しておけば大丈夫」というのと同様に不毛な議論だからである。あくまでも、リスク・プレミアム(もしくはファクター・プレミアム)のリターンは一定のリスクを取った結果であり、プラスにもマイナスにもなり得るという点は、建設的なファクター・プレミアムの議論のために繰り返し言及する。

[2] CAPMについては、その単純さから、まったく役に立たないという論もあるだろうが(それは実証されているともいえるが)、リターンがリスクに対する対価であるということのフレームワームを作ったという意味で偉大である。その偉大さに関する詳細説明について、本来であれば十分なページを割くべきであろうが、それは本書の目的ではないので割愛する。興味を持たれた読者にはAng (2016)をぜひご一読いただきたい。

 

ここではファクター・リスク・プレミアム戦略投資の興隆を促す最も大きなきっかけとなったCAPMの拡張モデルの一つである3ファクター・モデルを見ていこう。このモデルは2013年にノーベル賞を受賞したユージン・ファーマによって発表されたマルチ・ファクター・プレミアム・モデルの一つである。3ファクター・モデルが生まれた背景の一つに小型株効果がある。これは何かというと、長期的にみると小型株のほうが大型株に比べてパフォーマンスが良いというアノマリーである。このアノマリーの存在は、市場ポートフォリオの期待リターンとその感応度がわかれば、証券の期待リターンが予想できるはずであるというCAPMでは説明することができなかった。具体的なイメージとしては図1-4のような状態が発生していたということである。

 

図 4小型株効果

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 そこで、批判に対して「長期的にみた場合、大型株に比べて小型株のほうが、またグロース株に比べてバリュー株のほうが、パフォーマンスが良い」というアノマリーをモデル化し、説明を試みたのが、ファーマ・フレンチの3ファクター・モデルである。

3ファクター・モデルは以下のように定式化された。

 

数式 2 3ファクター・モデル

 

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 なお、ファーマ・フレンチは小型ファクター・プレミアムとバリュー・ファクター・プレミアムの計算において、市場にある銘柄を以下のように分類している。

 

  • 市場全体のポートフォリオを時価総額の大小で大型株と小型株の二つのグループに分ける
  • 市場全体のポートフォリオを時価簿価比率の高低で3つのグループに分ける
  • 結果として2x3の6マスのポート・フォリオ(PF)となる。そして時価簿価比率の下位30%をバリュー株とする。

この区分けを表にしたのが表1-1である。

 

表 1 ファーマ・フレンチの3ファクターモデル

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 ここで初めて登場するバリュー株に分類される銘柄の典型的な例を挙げると保有資金が現金で100億円あり、資産・負債がゼロなのになぜか株価が50億円の価値しかないといった、ネットキャッシュ銘柄等がある。

 ここで、もう少し具体的な各ファクター・プレミアムの計算方法について見ていこう、小型ファクター・プレミアムは、「大型株に時価総額加重平均ベースで投資したPF7」と「小型株に時価総額加重平均ベースで投資したPF8」のリターン差で求められる。すなわち

 

小型株ファクター・リスク・プレミアム

=PF8のリターン-PF7のリターン

 

となる。このようなリターンを出すときに二つのリターンの差(=スプレッド)をとることにより求める場合、このスプレッドをファクター・スプレッドと呼ぶ場合がある。

 

バリュー・ファクターに関しても同様に、PF9のリターン-PF11のリターンで計算できるので下記のように定義できる。

 

バリュー株・ファクター・リスク・プレミアム

=PF11のリターン-PF9のリターン

 

 説明を簡単にするために他の条件を同じだと仮定すると、小型株ファクターの関係は以下のように表現できる。

 

図 5 小型株ファクター・リスク・プレミアム

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 なお、Angによると1926年から2008年の82年間の小型株ファクター・プレミアムの値は年平均約2.28%であった。つまり、実証的にみても、小型株のファクター・リスク・プレミアムは市場ポートフォリオのリターンに加えて、リターンに対して正の貢献をしているのである。当然、短期的に見れば、小型株のファクター・プレミアムは、市場ポートフォリオのリターン同様、プラスにもマイナスにもなりうる不安定な値であることについては留意しておく必要がある。

3ファクター・モデルにおいて、大型株をショートし、小型株をロングするということは収益の源泉として見なされてきた。この収益の源泉そのものを小型株ファクターと呼ぶ。ラショナリストは、小型株ファクターの存在理由を「小型株は、一般的に流動性が低く、大型株に比べると高いドローダウン(損失)の可能性があるため、その損失のリスクに見合ったプレミアムが要求される」という投資家の合理性を前提に説明した。

一方、ビヘイビアリストは小型株ファクターの存在理由を「小型株に対して投資家が無関心だから、割安に放置されている」と説明する。このようにあるファクターの存在・発生理由についてラショナリストとビヘイビアリストは異なる論理展開を行うため、たびたび両者の間では論争が行われてきた。

ここで見逃してはいけないポイントは、収益の源泉と言う意味でのあるファクターの存在理由がラショナリストとビヘイビアリストにおいて異なっていても、両者ともにその経済市場の発生そのものは否定していないという点である。つまり、ここに小型株ファクターについての背景の説明をラショナリストにさせても、ビヘイビアリストにさせても、極端にいえば両者が喧嘩しようとしまいと、小型株効果自身はその存在自身が補強されることはあろうが、否定されることはないということである。むしろ、逆に、あるファクター・リスク・プレミアムが存在しているという議論があった場合、ラショナリストのみが積極的に議論に参加し、ビヘイビアリストがその議論に参加しないような場合はそのファクター・リスク・プレミアムそのものの存在に懸念が生じてしまう可能性がある。つまり、ファクター・リスク・プレミアムの世界においては両者が喧嘩すればするほど、ある意味でそのファクターの存在証明になると考えられる。

4大ミクロ・リスク・プレミアム

ファーマ・フレンチの3ファクター・モデルに代表されるようなファクター・リスク・プレミアムは1990年代のマルチ・ファクター・モデルの定式化やコンピューターを通じた情報処理能力の向上もあり研究が非常に盛んになった。結果として、無数のファクター・プレミアムが提唱された[1]。しかし、そのほとんどのファクター・プレミアムのリターンが長期的には高い確率でゼロ以下であるという主張がある。つまり、ファクター・リスク・プレミアムもしくは収益の源泉となりうるような投資手法は玉石混合であり、その大半は検討に値しないといえよう。しかし、その中でもその存在が確実視されている収益の源泉というものが経済学においては存在する。本節では、その代表例といえる経済学の歴史において十分な先行研究が存在する4つのファクター・リスク・プレミアムについて説明を行いたい。

本書では便宜上以降で説明する4つのファクター・リスク・プレミアムを4大ミクロ・リスク・プレミアムと定義する。「ミクロ」と称している理由は、一部の金融業界では狭義に個別株をあつかったものを「ミクロ」と呼んでいるからである。逆に「マクロ」は株式指数や債券、為替などの非個別株式資産クラスを扱ったものを意味する場合がある。例えば、債券・為替のトレーディング・デスクのことをマクロ・トレーディングと読んだり、個別株やシングル・クレジットのCDSなどを取り扱うトレーディング・デスクをミクロ・トレーディングと呼んだりする(特に前者は一般的かと思う)。余談であるが、ヘッジファンドなどでは、経済指標などのファンダメンタルズに基づいて取引を行うヘッジファンドの一群をマクロと呼ぶ。マクロ・ヘッジファンドは一般的に個別株を取り扱うことはない。

本書でもその定義に従い、個別株を投資対象としたリスク・プレミアムをミクロ・リスク・プレミアムと呼び、株式指数、債券、為替を投資対象としたリスク・プレミアムをマクロ・リスク・プレミアムと呼ぶ。繰り返しになるがこれらは本書における定義である点ご理解いただきたい。今後何度か出てくるが、あらかじめ本書の2章以降で取り扱う予定の4大マクロ・リスク・プレミアムも含めて一覧とすると表1-2となる。

 

表 2 4大ミクロ・リスク・プレミアムと4大マクロ・リスク・プレミアム

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[1] このように収益の源泉としてのファクター・リスク・プレミアムを誰もが発見・提唱した状態はファクター・ズーと呼ばれることがある

 

 

今後この図、およびこの図を拡張した図は非常によく出てくるのだが、今節では表の左側の4大ミクロ・リスク・プレミアムについて説明していく。

4大ミクロ・リスク・プレミアムについては、Goltz(2015)がまとめた優れた区分を使って説明を行いたい。なお、個別株を扱うミクロ・リスク・プレミアムは一般にファクターと呼ばれるため、本書では以降はミクロ・リスク・プレミアム、ファクター・リスク・プレミアム、(単に)ファクターはすべて同義であるとする。

 

表 3 4大ミクロ・リスク・プレミアム

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4大ミクロ・リスク・プレミアム(もしくは単に4大ファクター)は小型株ファクター、バリュー・ファクター、モメンタム・ファクター、低リスク・ファクターの4つである。

 

 4大ファクターは、他のファクターと比較して以下の特徴を持つ。

  • 80年以上という長期の実証期間に渡って検証されている。
  • 完全市場を前提とする経済学者(合理主義者)によって十分に研究され、リスクに対するプレミアムという観点から経済合理性があることが、論理的根拠と共に説明されている。
  • 行動ファイナンスをベースに論理展開を行う経済学者(ビヘイビアリスト)にも十分に研究されており、完全市場を前提とする経済合理主義者とは異なる論理的根拠が与えられている。

 

4大ミクロ・リスク・ファクターは②と③の両方の特徴を明確にもっているため、多面的にパフォーマンスの説明することができる。前節で述べたように、ラショナリストとビヘイビアリストの争いがあることがよいのである。

ファクター・リスク・プレミアムに対する理解を深めるために、こうした特徴を持つ4大ファクター・プレミアムについて、すでに説明した小型株・ファクターを除く3つのファクター・プレミアムについて、それぞれ詳しく説明する。

 

<バリュー・ファクター>

バリュー・ファクターは、バリュー株がグロース株に対してアウトパフォームする期待値がリスクに対して正であるプレミアムである。

Zhang(2005)によると、このプレミアムはビジネスの未熟度を表しており、「不況に代表されるような企業株価もしくは企業成長にとってマイナスの期間」におけるバリュー株のパフォーマンスがグロース株のパフォーマンスに比べ、より大きなマイナスとなるリスクに対するプレミアムである。

一方、行動ファイナンスの立場からバリュー・ファクターを説明すると、Daniel et.al などの「投資家は自分で手に入れた情報に過度な自信を持つため、バリュー株には無関心である一方で、情報の手に入りやすいグロース株が割高になる傾向がある」という説明が適切であろう。

 

<モメンタム・ファクター>

モメンタム・ファクターは、高リターン基調株の期待リターンが低リターン基調株の期待リターンをアウトパフォームすることを指すファクターである。

経済合理的な観点ではLo et.al (1999)による「変動率は現時点に近い変動率ほど影響を受けるため、短期的な変動率の拡大がより大きなリスクをもたらした結果、上昇(下落)基調株のパフォーマンスがレンジ内の値動きの株に比べて、より大きなマイナスとなるリスクに対するプレミアムである」と説明される。

行動ファイナンスの立場からはDaniel et.al(1998)などが「自分の購入した株に関係する良いニュースを意思決定に積極的に採用し、悪いニュースはその脅威を甘く見積もるというバイアスが、価格変動性の継続を促すことから生じている」としている。このような認知バイアスを「自己奉仕バイアス」と呼ぶ。

 

<低リスク・ファクター>

低リスクは、低リスク株が高リスク株をアウトパフォームするというアノマリーのことである。Frazzini et.al(2014)は「低リスク株は一般にレバレッジをかけて投資する可能性が高く、市場急変事には流動性が著しく低下し、低収益となるリスクがあるため、低リスク株は市場急変事などにより、高いボラティリティ株に比べ、より大きなマイナスとなるリスクに対するリスク・プレミアムが発生している」としている。

行動ファイナンスの立場からはBarberis et.al. (2008)が「高ボラティリティ株が高収益をもたらす可能性が高いと感じている一部の投資家のために、高値となる可能性がある」と指摘している。このようにリスクが高いほど魅力を感じる心理を「ロッタリー(宝くじ)効果」と呼ぶ。

 

以上、非常に簡単ではあるが、学術的に先行研究が充実している4つのファクターについて説明した。4つのファクターは全て個別株投資のファクターであるが、一部はAssnessやFrazzineなどによって債券などへの応用もされている。

 

1-3 金融商品提供者から見たリスク・プレミアム戦略運用

 

本節では金融商品提供者から見たリスク・プレミアム戦略運用について解説する。再びではあるが、興味が無ければ飛ばしていただいてもかまわない。

 

<本節の要約>
→ファクター・リスク・プレミアム戦略運用はベンチマークとなる指標が作成可能であり、その分類について説明する。
→現時点におけるファクター投資に使用される代表的な指数として、スタイル・インデックス、ファクター・インデックス、マルチ・ファクター・インデックスの3つについて説明する。
→インデックス・プロバイダーが十分に誠実であるという前提があったとしても、それぞれのインデックスへとステップ・アップする際に①銘柄選定問題、②アロケーション問題、③ボトム・アップ、トップ・ダウン問題、④全指数に対するトラッキング・エラー問題が発生する 。

リスク・プレミアム戦略運用の再定義

 これまでみてきたように一部のファクターに関しては、ファクター・プレミアムの期待値が正であるという点について十分な実証研究がなされ、経済合理性と心理学的な背景から説明ができる。投資家がそのようなファクターに対して投資を行おうとするのは自然で、当然そのようなニーズがあれば、金融商品提供者はなんらかのファクターに関連する金融商品を提供したいと考えるだろう。

これから本節で取り扱うリスク・プレミアム戦略運用に関連していくつか定義を行う。まず、ターゲットとするファクターのリターン獲得を目指して運用を行うことをファクター投資と定義する。つまり、相場観に基づいたダイレクション・ベットやファクターを意識しないファンダメンタル分析に基づいたマクロ投資などはこれに該当しない。

また、短期といわれる取引であっても短期のモメンタムを取りにいくような戦略は、その時間軸を極限まで小さくすることによってファクター投資と類似した体系を取るが、そのような取引は本書の分析対象ではない。これは、仮に1マイクロ秒(100万分の1秒)で値段が動くものがあり、非常に細かい値刻みの観察、取引可能であるとすれば、1秒で百年分のマーケット引けデータがとれるといえなくもない点に端を発するだろう。

さらに、裁量をもってファクターの獲得をアクティブに行うということはファクター投資及びリスク・プレミアム戦略投資の対象とはしない。なぜなら、裁量をもって運用を行った場合、パフォーマンスの要因分解としてファクターのドライバーが突き止められず再現性が低くなってしまうためである。本書で対象とするファクター投資は原則として恣意性が無くルール・ベースのシステマティックな投資手法によってパフォーマンスの再現性が高いものに限定している。但し、第3章の2で説明するようなファクター投資でもマルチ・ファクター投資のアクティブ運用については除外する。

ファクター投資と密接な関係にあるのがインデックスの存在である。システマティックな投資手段を用いるということは、数式によって定義でき、ひいてはインデックス化できるということに他ならない。ファクター投資に関係する指数は多くあるが、ここでは市場インデックスからマルチ・ファクター・インデックスへと進化する4つのステップについて学ぶとともにファクター投資についても再定義していきたい。

 

金融商品としてのリスク・プレミアム戦略運用例と問題点

まず市場インデックスとはMSCI WorldやTOPIXなどの時価総額加重指数である。これは投資ユニバースを規定しており、シングル・ファクター・モデルに適用すると、この指数のリターンはマーケット・ファクター・プレミアムそのものと見なすことができる。

 

表 4 インデックスの関係

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特定のファクターの抽出を意図した時価総額加重指数をスタイル・インデックスと呼び、例えば小型株ファクターの獲得を目指したい場合は、一定の条件を満たす小型株を選定し、時価総額加重インデックスを作成するという作業が行われる。

スタイル・インデックスの問題点は時価総額加重平均にした時点でファクター要素が調整されてしまう点にある。例えばバリュー株として銘柄を厳選したものの、ほとんどの株が小型株となってしまった場合に考えられる影響として、バリュー株に含まれる絶対価格の低い低位株が収益のドライバーになる可能性が挙げられる[1]。言い換えると、時価総額加重平均の指数とした時点でバリュー・ファクターの影響が薄れてしまう可能性である。このように、ファクター獲得を目指して作成される指数や投資手段が商品化もしくは(指数等の)実装時に純粋にそのファクター以外のファクターを取り込んでしまうことを「ファクターが汚れる」と言う

このような事態を避けるために、銘柄選定の際に用いた基準を使い、銘柄をスコアリングし、それに合わせてウェイトを決定する方法がある。この手法によってファクター要素が価格形成に与える影響が強い銘柄が選定されるので、よりエッジの効いたファクター指数が導き出される(※ラッセルのレポート参照)。

こうして出来たファクター・プレミアムに分散投資したものから算出されたのがマルチ・ファクター指数である。マルチ・ファクター指数には大きく分けて二つのアプローチがある。一つはシングル・ファクター指数を何らかの形で平均するトップ・ダウン・アプローチである。トップ・ダウン・アプローチの良い点はパフォーマンスの寄与度が図りやすいという点である。一方、スコアリングを使って投資対象ユニバースの全銘柄をランク付けし、高順位の銘柄に投資するのがボトム・アップ・アプローチである。ボトム・アップ・アプローチは銘柄の重複が無く、より効率的な投資といえるかもしれないが、どのファクターがパフォーマンスに寄与したかという点がわからないという問題点がある。証券会社から複数のマルチ・ファクター指数連動投資案件を見る限り、トップ・ダウン・アプローチを採用している会社とボトム・アップ・アプローチを採用している会社は半々くらいの印象である。なおマルチ・ファクター・インデックスにはマーケット・ベータ軽減のために市場インデックスをショートしているものが多く見られる。

 なお、マーケットで有名なボトム・アップ・アプローチの信奉者がブリッジ・ウォーターに続く世界最大手のヘッジファンドであるAQRである。一方トップ・ダウン・アプローチの信奉者として有名なのは、サイエンティフィック・ベータ社などであろうか。

 

図 6 インデックスの生成過程と問題点のまとめ

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[1] 正確にはサイズ・ファクターにバリュー・ファクターが混ざっているともいえるが、サイズ・ファクターとバリュー・ファクターの両方にリクイディティ・ファクターの要素が入っているため、このような一時的な高相関を持ってしまう可能性がある。

 

上記で発生する問題を整理すると、2つの問題が浮かび上がる。

 

図 7 インデックス組成時の問題点

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銘柄選定/スコアリング問題

同じファクターをベースにしたとしても、インデックス・プロバイダーによって銘柄選定のロジックが異なるため、選定される銘柄に差異が生まれ、パフォーマンスが異なってしまう。そのため、ファクターの抽出が適切かどうかの判断ができない。

 

ウェイト問題

銘柄選定もしくはスコアリング方法が同じでもウェイト付けのロジックが異なる場合、結果としてパフォーマンスが異なり、適切なファクターの抽出が行われているかの判断ができない(マルチ・ファクターの場合も上記は同じと考える)。

 

 つまるところ、「純粋なファクターの抽出ができているか?」という点に行きつく(純粋なファクターでなくなってしまうことをファクターが汚れるという)。

 この点をもう少し具体的に説明する。仮にファーマ・フレンチの3ファクター・モデルにおける2つのファクターに分散投資をしたいと考えたとしよう。ファーマ・フレンチの3ファクター・モデルにおけるファクター・プレミアムの式をもう一度思い出していただきたい。

 

彼らは

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と定式化している。ここでは感応度(=リスク)はどの程度取るかという問題は脇において、ファクター・プレミアムの獲得のみに注目する。

すでに説明したようにファーマ・フレンチは市場にある全銘柄を大型/小型とバリュー株/中間株/グロース株という2x3のマトリックスで分割し、6つのポートフォリオ群を設けた。そして、バリュー株のファクター・プレミアムはPF9-PF11で、小型株のファクターはPF8-PF7で獲得できると定義した(この差をファクター・スプレッドと呼ぶ)。

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最も簡単にファクターの獲得を行う場合は、ファクター・スプレッドを実現するようなロング・ショート取引が適しているが、取引のショートはコストが高いため現実的ではない[1]。そこで提案されたのが「PF9に投資すれば、バリュー株の効果をPF8に投資すれば小型株の効果を強くもったポートフォリオができるのではないか?」という発想である。しかし、市場ポートフォリオ(PF12)の銘柄数が1600銘柄とすると、単純に時価総額の小さい銘柄、下位800社に投資して本当に小型株ファクターの獲得が現実的かというと、いささかの不安が残る。そこで、実務の世界ではより小型株効果を鮮明にするために、1600の銘柄を例えば下位200社に絞ってファクターの純化を進めるのである。

一定のルールで純化されたポートフォリオには’(ダッシュ)をつける。小型株であればPF8’である。時価総額加重である限り、PF8もPF8’もスタイル指数である。

小型株の場合は刻みを細かくすれば良いが、バリュー株ではすでに洗練されている場合が多く、時価簿価比率に加えて、割安株がもつ特徴(株価収益率や配当利回りなど)を用いて、割安度をスコアリングするという方法が一般的である。例えば、私がデューデリジェンスしたファクター指数においても、3つのスコアリング要素により割安度をランク付けしたものもあれば、9個程度のスコアリング要素をもって割安度をランク付けしたものもある。このスコアリングに応じてアロケーションを調整したものは、時価総額加重平均の指数とはいえないため、スタイル・インデックスではなく、ファクター指数となる。

銘柄選定にしても、ウェイト付けにしてもインデックス・プロバイダーが介入するため、スタイル・インデックスおよびファクター・インデックスに投資する際には自分がとりたいファクターがどの程度適切に反映されているかの検証が必要になる。マクロ・リスク・プレミアム戦略投資についての検証方法については後述する。

このようにインデックスを通じて小型株とバリュー株のファクター抽出を行い、この二つのインデックスに投資するという場合に、先ほど述べたトップ・タウン・アプローチとボトム・アップ・アプローチがある。ここからはトップ・ダウン・アプローチとボトム・アップ・アプローチの手法について図解とともに説明する。

例えば、バリュースコアを横軸にサイズスコアを縦軸にとったとして、それぞれのスタイル・インデックスやファクター・インデックスで70点以上のスコアを達成した銘柄を採用したとすると、バリュー・ファクター・インデックスには下図のB、E、Gのエリアに入る銘柄が選定され、サイズ・ファクター・インデックスにはC、F、Gの銘柄が採用されるはずである。トップ・ダウン・アプローチの場合はそれぞれを独立した対象とみなして、両者を加重平均する一方、ボトム・アップ・アプローチの場合は両者のスコア合計が100点以上のものに投資するというイメージとなる。下図でいえばD,E、F,Gに投資することになる。一般には前者のほうがパフォーマンスの寄与度がわかりやすいとされているが、パフォーマンスの観点からは後者のほうが良いパフォーマンスを達成する可能性がある。

 

図 8 トップ・ダウン・アプローチとボトム・アップ・アプローチの手法の違い

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[1] この点は非常に重要である。なぜなら、メジャーなファクターはすべてスプレッド形式であらわされており、コストが高いためにファクター・プレミアムの獲得困難ということであれば、実質的にこれらの分析の意義が問われてしまう。しかし、後述する用にスプレッドの形でなくともファクターの獲得はある程度可能であるという考えのもとにたち本書は議論を進める

 

 

金融商品提供者と研究者との一番の違いは、提供者にとってリスク・プレミアム戦略運用は商品であるという点である。商品であるために、売るために見た目を良くする努力を惜しまない。結果として、ファクター・リスク・プレミアムが汚れてしまう可能性があるのである。しかし、実際の運用としてある程度の汚れは致し方ないともいえる。このあたりの議論は投資家からみたリスク・プレミアム戦略運用の説明の後に説明する。

最後に金融商品提供者のインセンティブから考えられる注意について説明する。金融商品提供者と投資家のやりとりでは、どうしても金融商品提供者の利益と投資家の利益の相反が発生する。つまり、バックテストの見た目をできるだけ良くしたいという金融商品提供者の視点と、取引コストの2点に注意が必要である。これらのポイントは個々の商品によって内容が異なるので、別の章に説明を譲る。また、本章の後半で述べられている検討点については金融商品提供者が良心的であったとしても発生する問題である。

次節では投資家の立場からみたリスク・プレミアム投資について考えてみたい。

1-4 投資家から見たリスク・プレミアム戦略運用

 

本節では投資家からみたリスク・プレミアム戦略運用について考えてみたい。

 

この節のポイント

  1. 最もリスク・プレミアムの運用を積極的に行っているのは北欧の年金基金である。彼らがどのようにリスク・プレミアム運用に携わったかその経緯と成果を確認する。
  2. その後それが広く適格機関投資家及び個人投資家に受け入れられるようになった際にどのように定義が調整されてきたかという点、その理由と背景を確認する。

 

 

<本節の要約>
→ノルウェーの年金基金が始めたリスク・プレミアム戦略運用の使用法はノルウェー・モデルと呼ばれ広く全世界的に機関投資家に模倣された。
→ノルウェー・モデルはその拡大にあたりヘッジファンド代替として機関投資家に紹介される機会が多かった。
→ノルウェー・モデルに基づいたリスク・プレミアム戦略運用は全世界の機関投資家によって模倣され、急拡大していった

 

ノルウェー・モデルの登場

前節で見たように、ファクター投資が提唱された当初は運用会社などがインデックスの形で投資家の啓発活動を行っていたが、一般に広く浸透した運用コンセプトとは言いがたかった。リスク・プレミアム戦略投資が一気に世に知らしめられるきっかけとして、Ang,Goetzmann, Schaeferが著した”Valuation of Active Management  of Norwegian Government Pension Fund”がある。本論文はアクティブ運用やヘッジファンド運用を積極的に行っていたノルウェーの政府年金基金が分散投資を行っていたにもかかわらず、2008年のリーマンショック時に大幅な損失を被り、その損失に関する分析を経済学者に依頼し、作成されたものである。

この論文の重要な結論は次の2点である。

 

  • アクティブ運用の寄与率はリスク・オン、オフに関係なく低い

図表1-10はノルウェー政府年金基金のポートフォリオに対して、アクティブ運用成果が果たした役割を簡単にまとめたものである、これを見る限り金融危機以前(1998年1月~2007年12月)であろうと、金融危機を含む期間であろうと、株式のアクティブ・リスクはわずか0.30%しかない。

 

表 5 ノルウェー政府年金基金のポートフォリオに対して、アクティブ運用成果が果たした役割

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  • アクティブ・リスクの大半はファクター・リスク・プレミアムによって説明可能

さらに、アクティブ・リスクの7割がファクター・リスク・プレミアムによって説明することができるという分析結果も残している。

 

上記二つの結論が彼らの投資行動を以下のように変化させた。

  • アクティブ運用から得られる超過収益が実質的にほぼ無いのであれば、ヘッジファンドを含むアクティブ運用に投資することはあまり意味がない
  • 但し、若干ながらも存在する追加的なリターンがファクターで説明できるのであればファクター投資は積極的に行うべき
  • 結果として、アクティブ投資もしくはヘッジファンド投資からシステマティック・リスク・プレミアムの獲得を目指したリスク・プレミアム戦略運用へと梶が切られた。

 

また、アクティブ運用をファクター指数で代替することにより、下記二つの追加的なベネフィットを獲得できた。

  • これまでアクティブ運用もしくはヘッジファンド支払っていた高いフィーを削減することができた
  • マネージャーの裁量によるパフォーマンスの予想不可能性、すなわちマネージャーリスクの回避が可能となった。

 

このノルウェーのアクティブ運用、もしくはヘッジファンド運用から、リスク・プレミアム戦略運用への運用方針の変更は北欧の年金基金に非常に大きな影響を与え、その後世界に波及していく。リスク・プレミアム運用戦略は史上最速で100兆以上の運用商品となるといわれているが、ノルウェー政府基金が行った上記の大転換がなければ、現在のような状況にはなっていなかったと考えられる。

他の北欧の年金についても同様に積極的にリスク・プレミアム運用を採用していった。

スウェーデンの政府系年金基金であるAndra AP-fonden(通称AP2)は彼らが行っているヘッジファンド運用を運用ルールなどによりその収益の源泉ベースで再分類し、コストの高いヘッジファンドをやめ、リスク・プレミアム戦略運用をベースとしたマルチ・アセットポートフォリオを構築した。

デンマークの政府系年金基金であるPKAは伝統的な株式のアクティブ・マネージャーとの契約を解除し、先進国のリスク・プレミアム、新興国のリスク・プレミアム、時価総額が小さいことによるリスク・プレミアム、低ボラティリティ、モメンタム、バリューなどのリスク・プレミアム戦略運用に代替した。

 

ヘッジファンドの分類とリスク・プレミアム戦略投資による複製

 

ここで、一旦立ち止まって、アクティブ・マネージャーやヘッジファンドの運用手法を一度整理し、どの戦略がリスク・プレミアム運用戦略で複製可能か?逆にどの戦略の複製が難しいかを確認したい。以下ではヘッジファンド関係での最大の情報ベンダーであるHedge Fund Reach(以下、HFR)の分類をもとにヘッジファンドを分類する。HFRはヘッジファンドを大きく、①エクイティ・ヘッジ、②イベント・ドリブン、③マクロ、④レラティブ・バリューの4つに分類している。以下では更に細かい分類も含めて確認する。ただし、本書の投資対象ではないコモディティ関連、各カテゴリー内の戦略を組み合わせたマルチ戦略は割愛する。またFixed Incomeは投資対象が多いがまとめてFixed Incomeとして説明する。

 

<表1-11:HFRによるヘッジファンドの戦略分類>

Equity Hedge

Event Driven

Macro

Relative Value

Equity Market Neutral

Activist

Active Trading

Fixed Income - Asset Backed

Fundamental Growth

Credit Arbitrage

Commodity: Agriculture

Fixed Income - Convertible Arbitrage

Fundamental Value

Distressed / Restructuring

Commodity: Energy

Fixed Income – Corporate

Quantitative Directional

Merger Arbitrage

Commodity: Metals

Fixed Income – Sovereign

Sector: Energy/Basic Materials

Private Issue / Regulation D

Commodity: Multi

Volatility

Sector: Healthcare

Special Situations

Currency: Discretionary

Yield Alternatives: Energy Infrastructure

Sector: Technology

Multi-Strategy

Currency: Systematic

Yield Alternatives: Real Estate

Short Bias

 

Discretionary Thematic

Multi-Strategy

Multi-Strategy

 

Systematic Diversified

 

 

 

Multi-Strategy

 

 

  • エクイティ・ヘッジ戦略

株式と株式関連のデリバティブのロングとショートポジションを取ることでリターンを狙う戦略のこと。使用する定性・定量分析の手法、投資するセクター、ネットエクスポージャー、レバレッジ、資産の保有期間、投資対象とする企業のマーケットキャップ、投資対象のバリュエーションを制限・特化させるなど多様な戦略を構築することができる。ファンド・マネージャーは通常、50%以上のエクスポージャーを維持する。極端なケースでは、ロングオンリーやショートオンリーにすることもある。

 

  1. マーケット・ニュートラル

高度な定量的手法を用いて将来の価格動向や証券間の関係性などの分析を行い売買の判断を行う。通常、ネットエクスポージャーが10%の範囲内に納まるように運用される。

  1. ファンドメンタル・グロース

企業の分析によって株式市場全体と比較したときにより高い利益成長率と資本成長が期待される企業に投資をすること。

  1. ファンダメンタル・バリュー

関連性の高いベンチマークと比較してバリュエーション指標が過小評価されていて割安に放置されている銘柄に投資をする戦略。株式投資でよくみられる戦略であり、しばしば多くのキャッシュフローを生むが将来の成長性が過小評価されていたり良好な投資環境でない場合に割安に評価されていたりする銘柄に投資をする。

 

  1. ヘルスケア関連戦略

医薬品などの専門知識を持つファンド・マネージャーがヘルスケアセクター内で特定のニッチ分野での投資機会を見つけてリターンを狙う戦略である。通常、特定のセクターへのネットエクスポージャーが50%の範囲内以上になるように運用される。

 

  1. テクノロジー関連戦略

テクノロジーの専門知識を持つファンド・マネージャーが同じセクター内で特定のニッチ分野での投資機会を見つけてリターンを狙う戦略である。通常、特定のセクターへのネットエクスポージャーが50%の範囲内以上になるように運用される。

 

  1. ショート・バイアス

ファンダメンタル分析やテクニカル分析に基づいて企業を分析し、市場で過大評価されている企業を発見し、ショートすることでリターンを求める戦略。ファンドはネットショートのエクスポージャーを持つように運用される。

 

  • イベント・ドリブン

M&A、リストラクチャリング、財政難、株式公開買い付け、自社株買い、証券の新規発行、資本構成の調整などに現在関わっている、あるいは将来その可能性が高いと思われるものに投資する。

 

  1. アクティビスト

投資先企業のポリシーや事業戦略に関して影響力を持とうとして取締役会に息のかかった人を送ろうとする。あるときには、会社分割や資産売却、配当金政策や自社株買い、経営陣の変更などの提案を行う。アクティビスト戦略はその他のイベント・ドリブン戦略とは、ポートフォリオの50%以上をアクティビストのポジションにしておくことが期待されているという点で異なっている。

  1. クレジット裁定

イベント・ドリブン戦略の中でも社債に注目して投資し、より広範なクレジットマーケットに対するエクスポージャーをほとんど持たない。

  1. ディストレス・リストラクチャリング

破産手続きや市場で破産が近いと予想されていることによって、本来の価値より大幅なディスカウントで売られている会社のフィクスト・インカム商品、主に企業のクレジット商品に投資をする戦略。当戦略では、60%以上を負債で調達するが株式へのエクスポージャーを維持する。

  1. 合併裁定

当戦略では、主にM&Aに関係していている企業の株式やその株式派生商品に投資をしてリターンを求める投資戦略である。通常、ポートフォリオのポジションのうち75%以上をM&Aに関係するものに投資をする。

  1. プライベート・イシュー

非上場会社や流動性の低い株式ならびに株式関連商品(株式デリバティブ)に投資をする。当戦略ではファンダメンタル分析から企業の安全性の高い企業に投資を行い、通常50%以上を非上場証券に投資する。

  1. スペシャル・シチュエーション

個別企業の買収合併や破産、事業部門の分離や売却、資産の売却、自社株の買戻し、株主構成の変化など経営戦略に関わる重要な出来事に基づいて投資する。文字通り特殊な状況を利用する戦略。

 

  • マクロ

経済に大きな影響を及ぼす指標の動きやそれが株式、債券、通貨、コモディティ市場に与える影響を予想して投資をする。ファンド・マネージャーは主観的・客観的(システマティックな分析)、トップダウン・ボトムアップアプローチ、定量的・定性的な分析を組み合わせて投資判断を行う。

 

  1. アクティブ・トレーディング

マーケットデータの分析に基づいて、高頻度でのポジションの入れ替えやレバレッジを利用するなどアクティブにトレードを繰り返すことでリターンを得ることを目的とした戦略。

 

  1. 通貨(裁量ベース)

主に国際為替市場における関係性や影響からマーケットデータのファンダメンタル分析を行い、これに基づいて投資をする戦略(トップダウンの分析に基づくことが多い)。

 

  1. 通貨(システム戦略)

ポートフォリオの投資判断(ポジショニング)を全て数学的なモデルやアルゴリズムに基づいて行う投資戦略。通常、ポートフォリオの35%以上が特定の通貨に対してエクスポージャーを持つ。

 

  1. テーマ型裁量

マーケットデータの分析により、市場の関係性・影響の評価をアナリストやファンド・マネージャーが行い、それに基づいて投資判断をする戦略。市場の分析はトップ・ダウンで行われることが多い。

 

  1. 分散型システム戦略

ポートフォリオの投資判断(ポジショニング)を全て数学的なモデルやアルゴリズムに基づいて行う投資戦略。通貨(システム戦略)とは異なり、ポートフォリオの35%以上を特定の通貨やコモディティに対してエクスポージャーを持たせず分散投資を行う。

 

  • レラティブ・バリュー

複数の証券間の価格の関係に関して矛盾のあるものに対してポジションを取る戦略。ファンド・マネージャーは多様な定量的・定性的手法を用いたり、投資対象を広く取ったりすることで、市場価格の矛盾に基づいてリターンが期待できるポジションを取る。

 

  1. フィクスト・インカム(ソブリン)

複数の証券の価格の矛盾に基づいてポジションを取るが、そのポジションの少なくとも一つがソブリン証券であるような戦略。通常、ソブリン債同士のスプレッド、あるいは社債のリスクフリー債の間のスプレッドに注目して投資を行う。

  1. ボラティリティ

当戦略はボラティリティを投資対象としてトレードをする戦略。アービトラージ、マーケット・ニュートラル、様々な投資戦略を組み合わせ、様々なエクスポージャーを持たせて運用する。

 

  1. レラティブ・バリュー(不動産)

複数の証券の価格の矛盾に基づいてポジションを取るが、そのポジションの少なくとも一つが不動産に直接・あるいは間接的にエクスポージャーをもつ証券であるような戦略。

 

これらの戦略の中でアクティブリターンがファクター・リスク・プレミアム指数で代替可能なものがどれかを確認していきたいと思う。まず確実に代替不可能なものを分類すると。

 

  • 投資対象の流動性が低い戦略

投資対象の流動性が低すぎるものは、指数作成時のデータの信憑性がそもそも低くなりがちでるし、運用が非常に困難であるため、リスク・プレミアム戦略運用には適さない。そのようなものとして、下記戦略などが考えられる。

<ショート・バイアス(ショートは一般に取引コストが非常に高い)、ディストレスト・リストラクチャリング、スペシャル・シチュエーション、プライベート・イシュー、レラティブ・バリュー(不動産)>

 

  • ニッチセクターへの投資戦略

ニッチセクター特有の投資機会を見つけるのはファクター・リスク・プレミアムの継続性などに疑問がるために適さないと判断する。それらの投資戦略として下記戦略などが考えられる。

<ヘルスケア関連戦略、テクノロジー戦略>

 

  • 運用者の裁量が大きいもの

運用者の裁量が大きく働きすぎてしまうためにパフォーマンスの再現性が極めて低いもの。それらの投資戦略として下記戦略などが考えられる。

<アクティビスト、テーマ型裁量、通貨(裁量ベース)>

 

上記以外にも該当するものも多いと思われるが、逆にリスク・プレミアム戦略として代替しやすいものはどれだろうか。代表的なものとしてはCTA(コモディティ・トレーディング・アドバイザリー)に代表されるモメンタム戦略であろう。その理由として、モメンタム戦略は一般に取引のターンオーバーが高いため投資対象としては必然的に先物などの流動性が高いものに限定される。流動性が高いものを対象としているために、価格情報がとりやすく、システマティックなリスク・プレミアムの推定がほかの戦略に比べて相対的に容易である(これは私募の不動産ファンドの保有する不動産の値洗いが1年に1回もしくは半年に1回程度しかないことに比べると相当情報量に違いが出てくることをご理解いただけるだろう)。また、別の理由で情報量が多いものとして、企業の決算情報を使用するバリュー戦略などもファクター指数化しやすい戦略群といえる。

 

ノルウェー・モデルの 普及と発展

 

 さて、このようにファクターをパッシブに取り込むことは一部の関係者においては「ノルウェー・モデル」と呼ばれる。2009年に発表された論文に基づくノルウェー・モデルは主に北欧3国の年金基金を中心に浸透したが、その後カリフォルニア州政府職員退職年金基金(CalPERS)のような米国を代表する大手年金基金を筆頭に、カナダなどの北米の大手現金を中心にその使用が拡大してきた。現在では欧州及び米国の年金基金及び運用会社においてこのようなファクターをパッシブに取り込むような「ノルウェー・モデル」に基づいた運用が広く世界中で指導している状況である。

投資家の行動に対して、商品提供者がどのように反応したかという点であるが、「ノルウェー・モデル」に適したプロダクト提供は当初は年金にプロダクトを提供する運用会社が先行して始めたものである。一方、セルサイドでは裁量がないルール・ベースのプロダクト提供という観点から、投資銀行などもこのノルウェー・モデルに基づく運用におけるパーツとして、トータル・リターン・スワップを利用したリスク・プレミアム運用戦略を提供し始めた。運用会社に加え、投資銀行の参入により本戦略関連の市場規模が爆発的に拡大した。

なお、投資銀行がリスク・プレミアム戦略運用を説明するのに、広く使用されるのが下図である。

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さて、ところで、年金以外のバイサイドである銀行や生命保険会社などのいわゆる、機関投資家へはどのように浸透していったのであろうか?機関投資家に対しては運用会社ではなく、主に投資銀行を通じてこのようなファクター投資もしくはリスク・プレミアム戦略運用のマーケティングが行われた。なぜ機関投資家に対しては主に運用会社ではなく、投資銀行がファクター投資商品をマーケティングしたのであろうか?その理由として筆者が考えるのは2つある。

年金基金と機関投資家の違い1:負債年限が異なる

年金基金と機関投資家(特に銀行)の間の負債年限は大きく異なる。負債の関係から、年金基金は投資ホライズンが非常に長い。例えば、負債に合わせて25年もしくは50年程度のスパンで投資対象および投資成果を計るというのが一般的な年金基金の投資スタンスである。一方で銀行や生命保険等の機関投資家、特に銀行はその負債のデュレーションが3年から5年と年金基金に比べて短いため、ある程度長期的にはプラスのリターンが出てくるであろうという前提での投資が非常に難しい。別の言い方をすれば、銀行の運用部長は「10年かけて成果が出ます!」というようなことをいわれても困るのである。

例えば、サイズ・ファクターのパフォーマンスは、分析期間の通期でみればパフォーマンスはよかったが、2011年から2015年までは非常に悪かった。このように悪い期間が5年も続く場合、銀行などの機関投資家はその投資を失敗とみなし、解約するだろう。

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そこで投資銀行はファクターが効くタイミングに合わせて戦略を推奨するということを一般的に行っている。例えば、「トランプ大統領が選挙に当選したので今後2-3年はレンジ相場ではなく、株式は上昇基調のモメンタムを持つだろう、逆に何かショックがあった場合は反転時には損失をこうむるかも知れないが、株価低下のモメンタムの恩恵を受けるのでいずれにせよ今が入り時である」という具合である。投資銀行は一般に収益が残高ではなく、取引のターンオーバーに依存するため、その時々で効果のありそうなファクターを推奨し、適宜入れ替えってもらったほうがビジネスとしてはありがたい。これは長期投資を善とし、収益が残高をベースである運用会社にはできない推奨方法である。

 

年金基金と機関投資家の違い2:運用モデルが異なる

 機関投資家の投資の意思決定の担当者と年金基金の投資の意思決定の担当者の仕事の性質上最も異なるのが、運用の委託を行うか否かという点である。年金基金の運用担当者は原則として運用のプロではないので、年金基金全体の方向性は決めるが運用に関しては原則外部の運用者に任せる。一方、機関投資家の運用担当者は彼ら自身が銘柄選定などの意思決定を行うため、外部運用を行うということは彼らのジョブセキュリティを奪うことになりかねない。そのため、特に機関投資家は外部のマネージャーが運用する投資信託やヘッジファンドの購入を行ってこなかった。結果として、機関投資家へのアクセスと言う観点では投資銀行に一日の長があり、また提供する金融商品もマネージャーなどの第三者の裁量が働かないものが採用されてきた。

 

以上2つの理由から、年金には運用会社と投資銀行が、機関投資家には投資銀行が中心となってリスク・プレミアム戦略運用が販売されるという構図が出来上がった。

最後に個人向けにもリスク・プレミアム戦略運用商品が提供されているので確認したい。個人向けでファクター・リスク・プレミアムの提供がなされているのは主にETF(上場投資信託)の形態である。「ファクター 、スタイル、ETF」でグーグル検索を行うとBlackRockなどが提供しているETFが確認できる。これらのサイトを見ると、個人向けには4大ミクロ・リスク・ファクターの提供が中心であることがわかる。

 

 

<本節の要約>
→リスク・プレミアム戦略運用の定義が定まらない理由は研究者、金融商品提供者、投資家においてそれぞれの定義が異なるからである。
→本書ではリスク・プレミアムの生みの親でもある研究者が使用する定義を使用したいと思う。

1-5 リスク・プレミアム戦略運用とは何か?

 

これまで説明してきたリスク・プレミアムの歴史を簡単にまとめると下記となる。

 

表 6 リスク・プレミアムの歴史

 

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ここで本章の最初にした質問「リスク・プレミア投資(運用)を定義する場合、どの説明・記述が近しいと思いますか?」の答えを振り返ってみる。

 

  • ヘッジファンドが採用してきた投資手法のうち、恣意性を排除しルール・ベースで再現したもの
  • ファクター投資から(ベンチマークをショートすることなどにより)ベータ部分以外を抽出したもの
  • バリュー、サイズなど、投資スタイルに分けて投資するもの
  • 規則性を持つシステマティック・リスクの対価を獲得することを目指したもの

 

回答の選択肢と年表における現在時点において、各関係者が主導するリスク・プレミアム戦略運用に対するスタンスと上記の質問の回答の選択肢には一定の類似性が見られる。詳しくまとめると各関係者によってリスク・プレミアム戦略運用は下記のように解釈されている。

 

  • ヘッジファンド複製型解釈

年金向けに金融商品をマーケティングしている運用会社やコンサルタントはノルウェー・モデルが念頭にあるため、それを発展させたヘッジファンド代替という形でリスク・プレミアム戦略運用を推奨・紹介することが多い。そのため、運用会社や年金コンサルタントにリスク・プレミアム戦略運用の推奨を受ける年金基金は「リスク・プレミアム戦略運用=ヘッジファンド代替」と解釈する傾向にある。

高度なリスク管理を年金基金自身ができない限り、負債年限の長い年金に対して、シングル・リスク・プレミアムの推奨を受けることは現実的ではないし、そんな非現実的な推奨を行う年金コンサルタントはまずいないと考えられる。結果として、マルチ・リスク・プレミアム戦略運用とすることにより、20年から30年、もしくはそれ以上という長期的な投資スパンにおいてプラスのリターンが期待されるというストーリーでの推奨が行われるのではないであろうか。但し、私がかかわった日本の年金基金向けコンサルタントで、ファクターやリスク・プレミアム戦略運用に対して積極的に推奨を行う、ということはあまり無かったようにおもわれる。これはコンサルタント・レベルではファクター運用やリスク・プレミアム戦略運用についての基本的な知識があったとしても、推奨を受ける側の年金基金にそれらの新しい運用コンセプトに対して運用ガイドラインの柔軟性などを含めた運用体制が整っていないということが背景として考えられる。

 

  • オルタナティブ・ベータ型解釈

  機関投資家向けに営業を行っている投資銀行は、年金向けに成功したリスク・プレミアム戦略運用をパッシブ運用の新たな運用手段として提供することを試みた。その際に、彼らはオルタナティブ・ベータという言葉を積極的に使用してきた。

機関投資家は原則、社内失業を誘発する可能性がある運用委託という行為自体を行わないため、リスク・プレミアム戦略運用を行う場合においては、シングル・リスク・プレミアムの獲得を目指すことが多い。分散投資の恩恵を受けることができないため、シングル・リスク・プレミアム戦略運用はマルチ・リスク・プレミアム戦略運用に比べ相対的にボラティリティリティが大きくなる傾向がある。結果として投資銀行がシングル・リスク・プレミアム戦略運用を提案する際には、いまの推奨タイミングはよいタイミングであるというニュアンスが含まれている。年金基金との決定的な違いは、リスク・プレミアムがこのタイミングで効くか効かないかという点を判断することを機関投資家自身に任されているという点である。当然ながらそれが機関投資家の腕の見せ所ということになる。

またリスクを抑えるために、シングル・リスク・プレミアムの獲得方法がロング・ショートの形態となる場合が多い。そのため、オルタナティブ・ベータの文脈でリスク・プレミアム運用戦略の説明をした場合にロング・ショートのみの形態であるという前提がおかれる場合がある。

 

  • スタイル投資的解釈

広く個人向けにはそもそもヘッジファンドの投資も行われず、オルタナティブ・ベータと言う解釈も行われてこなかった。個人には2000年代から長く行われてきた4大ミクロ・リスク・プレミアムがパフォーマンスがよいという流れの中でのプロダクト提供が行われてきたように思う。このようなファンドは特に米国や欧州の大手運用会社が組成していることが多く、フィーも相応に安い。

近年は非時価総額加重平均指数であるスマート・ベータを利用した運用が脚光を浴びている。代表的なスマート・ベータ指数連動ファンドとしてJPX400連動ファンドなどがある。

 

  • システマティック・リスク的解釈

1950年代にCAPMを起源として産声をあげたリスク・プレミアムの概念をもとにした説明である。CAPMのようにシングル・リスク・プレミアムではなく、そこから発展したマルチ・ファクター・リスク・プレミアムをもとに考えれば、すべてのシステマティックなリスクに対する対価の獲得が含まれるため、ある意味で、上記の3つの概念すべてを包括する概念といえる。

 

これをまとめると下記のようになる。

 

図 9 各関係者のリスク・プレミアム戦略運用への関わり

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各関係者の定義に関してはどれが誤りというつもりはないが、本書ではリスク・プレミアム戦略運用の定義を「規則的なシステマティック・リスクの獲得を目指すもの」としたい。

  

より、定義の内容を明確にするために、リスク・プレミアム戦略運用に投げかけられる代表的な質問について確認する。

 

代表的質問1:クオンツ戦略運用と何が違うの?

回答:クオンツ戦略運用とはマルチ・リスク・プレミアム運用内の各戦略の選択やアロケーションを機械的に行う運用なので、リスク・プレミアム戦略運用の一形態である。逆にクオンツでないリスク・プレミアム戦略運用の例としては、①シングル・リスク・プレミアムに投資する場合と②マルチ・リスク・プレミアム戦略運用のアロケーション等の決定が裁量によって決められるというようなものである。

 

代表的質問2:ルール・ベースの運用と何が違うの?

回答:本質問は何か取引ルールがあればなんでもリスク・プレミアムと言うことができるのではないか?と言い換えることができる(つまり、どんな投資もリスク・プレミアムと言うことができるのではないか?という問いかけである)。これは、そのルール・ベースの取引をすることによって、どのリスク・プレミアム獲得を意図しているのか?ということを問えばよい。例えばシーズン効果は年前半には株価が上がりやすく、後半に下がりやすいというようなリスク・プレミアムである。このリスク・プレミアムの獲得を目指すために1月に株を買って6月に売るという取引ルールを設けた場合、この取引リスク・プレミアム戦略運用であるが、一方特に意図もなく(そんなことをする人はいないとは思うのだが)、年初にさいころ2つを2回振って、合計の少ない月に購入して、合計の多い月に売却するという取引をルール・ベースで行っても獲得を目指すリスク・プレミアムが存在しないのであるから、この投資戦略はリスク・プレミアム戦略投資とは呼べない。

 

 

どのリスク・プレミアムの獲得を目指しているのか?ということはもちろん、シングル・リスク・プレミアムの獲得を目指すのか?それともマルチ・リスク・プレミアムの獲得を目指すのかという点をクリアーにすることはリスク・プレミアム戦略運用には非常に重要である。さらにいえば、2章で見ていくようにシングル・リスク・プレミアムの獲得を目指したとしてもその要素だけうまく取り出せているかという点は検証が必要であるし[1]、プロダクトによっては複数のリスク・プレミアムの獲得が不可避ということもありうる[2]

また、シングル・リスク・プレミアムの獲得を目指す場合にはなぜそのシングル・リスク・プレミアムの獲得を目指すのか?という点を明確にする必要がある。これは特にパフォーマンスが悪くなった際に、そもそも獲得を試みているリスク・プレミアムの性質上、「この局面で負けるのは当然」というような割りきりがもてるかという点が重要である[3]

 

それらを踏まえて第2章以降では適格機関投資家向けに最も普及している4つのリスク・プレミアムについて説明していきたいと思う。

 

[1] ボラティリティ関係のリスク・プレミアムの獲得を目指しているのにもかかわらず、デルタヘッジがうまくいっていないがためにイールドカーブのリスクプレミアムのリスクもとってしまう場合などがそれにあたる

[2] 通貨ベーシスのイールド・カーブのロールダウン効果の獲得を目指したい場合に通貨スワップ単品でロング・ショートを組むだけではなく、担保の制約上、現物運用をともなったJGBアセット・スワップの形態で取るしかないということもありえる。結果として、実質的に米国債券投資に付随するリスク・プレミアムや日本国債のクレジット・スプレッドに起因するリスク・プレミアムを取らざるを得ないという可能性が出てくる。これらの詳細は第2章以降で確認していく。

[3] 商品提供者でも投資家でも同様だが、シングル・リスク・プレミアム戦略運用が常に勝てるというオールウェザー運用であるかのような幻想を持ってしまうリスクがある。