リスク・プレミアム戦略運用入門

銀行などで働いている金融のプロの方に向けて発信する『リスク・プレミアム運用』の教科書的ブログです。ご意見・コメントどんどんお寄せ下さいませ。

1-3 金融商品提供者から見たリスク・プレミアム戦略運用

 

本節では金融商品提供者から見たリスク・プレミアム戦略運用について解説する。再びではあるが、興味が無ければ飛ばしていただいてもかまわない。

 

<本節の要約>
→ファクター・リスク・プレミアム戦略運用はベンチマークとなる指標が作成可能であり、その分類について説明する。
→現時点におけるファクター投資に使用される代表的な指数として、スタイル・インデックス、ファクター・インデックス、マルチ・ファクター・インデックスの3つについて説明する。
→インデックス・プロバイダーが十分に誠実であるという前提があったとしても、それぞれのインデックスへとステップ・アップする際に①銘柄選定問題、②アロケーション問題、③ボトム・アップ、トップ・ダウン問題、④全指数に対するトラッキング・エラー問題が発生する 。

リスク・プレミアム戦略運用の再定義

 これまでみてきたように一部のファクターに関しては、ファクター・プレミアムの期待値が正であるという点について十分な実証研究がなされ、経済合理性と心理学的な背景から説明ができる。投資家がそのようなファクターに対して投資を行おうとするのは自然で、当然そのようなニーズがあれば、金融商品提供者はなんらかのファクターに関連する金融商品を提供したいと考えるだろう。

これから本節で取り扱うリスク・プレミアム戦略運用に関連していくつか定義を行う。まず、ターゲットとするファクターのリターン獲得を目指して運用を行うことをファクター投資と定義する。つまり、相場観に基づいたダイレクション・ベットやファクターを意識しないファンダメンタル分析に基づいたマクロ投資などはこれに該当しない。

また、短期といわれる取引であっても短期のモメンタムを取りにいくような戦略は、その時間軸を極限まで小さくすることによってファクター投資と類似した体系を取るが、そのような取引は本書の分析対象ではない。これは、仮に1マイクロ秒(100万分の1秒)で値段が動くものがあり、非常に細かい値刻みの観察、取引可能であるとすれば、1秒で百年分のマーケット引けデータがとれるといえなくもない点に端を発するだろう。

さらに、裁量をもってファクターの獲得をアクティブに行うということはファクター投資及びリスク・プレミアム戦略投資の対象とはしない。なぜなら、裁量をもって運用を行った場合、パフォーマンスの要因分解としてファクターのドライバーが突き止められず再現性が低くなってしまうためである。本書で対象とするファクター投資は原則として恣意性が無くルール・ベースのシステマティックな投資手法によってパフォーマンスの再現性が高いものに限定している。但し、第3章の2で説明するようなファクター投資でもマルチ・ファクター投資のアクティブ運用については除外する。

ファクター投資と密接な関係にあるのがインデックスの存在である。システマティックな投資手段を用いるということは、数式によって定義でき、ひいてはインデックス化できるということに他ならない。ファクター投資に関係する指数は多くあるが、ここでは市場インデックスからマルチ・ファクター・インデックスへと進化する4つのステップについて学ぶとともにファクター投資についても再定義していきたい。

 

金融商品としてのリスク・プレミアム戦略運用例と問題点

まず市場インデックスとはMSCI WorldやTOPIXなどの時価総額加重指数である。これは投資ユニバースを規定しており、シングル・ファクター・モデルに適用すると、この指数のリターンはマーケット・ファクター・プレミアムそのものと見なすことができる。

 

表 4 インデックスの関係

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特定のファクターの抽出を意図した時価総額加重指数をスタイル・インデックスと呼び、例えば小型株ファクターの獲得を目指したい場合は、一定の条件を満たす小型株を選定し、時価総額加重インデックスを作成するという作業が行われる。

スタイル・インデックスの問題点は時価総額加重平均にした時点でファクター要素が調整されてしまう点にある。例えばバリュー株として銘柄を厳選したものの、ほとんどの株が小型株となってしまった場合に考えられる影響として、バリュー株に含まれる絶対価格の低い低位株が収益のドライバーになる可能性が挙げられる[1]。言い換えると、時価総額加重平均の指数とした時点でバリュー・ファクターの影響が薄れてしまう可能性である。このように、ファクター獲得を目指して作成される指数や投資手段が商品化もしくは(指数等の)実装時に純粋にそのファクター以外のファクターを取り込んでしまうことを「ファクターが汚れる」と言う

このような事態を避けるために、銘柄選定の際に用いた基準を使い、銘柄をスコアリングし、それに合わせてウェイトを決定する方法がある。この手法によってファクター要素が価格形成に与える影響が強い銘柄が選定されるので、よりエッジの効いたファクター指数が導き出される(※ラッセルのレポート参照)。

こうして出来たファクター・プレミアムに分散投資したものから算出されたのがマルチ・ファクター指数である。マルチ・ファクター指数には大きく分けて二つのアプローチがある。一つはシングル・ファクター指数を何らかの形で平均するトップ・ダウン・アプローチである。トップ・ダウン・アプローチの良い点はパフォーマンスの寄与度が図りやすいという点である。一方、スコアリングを使って投資対象ユニバースの全銘柄をランク付けし、高順位の銘柄に投資するのがボトム・アップ・アプローチである。ボトム・アップ・アプローチは銘柄の重複が無く、より効率的な投資といえるかもしれないが、どのファクターがパフォーマンスに寄与したかという点がわからないという問題点がある。証券会社から複数のマルチ・ファクター指数連動投資案件を見る限り、トップ・ダウン・アプローチを採用している会社とボトム・アップ・アプローチを採用している会社は半々くらいの印象である。なおマルチ・ファクター・インデックスにはマーケット・ベータ軽減のために市場インデックスをショートしているものが多く見られる。

 なお、マーケットで有名なボトム・アップ・アプローチの信奉者がブリッジ・ウォーターに続く世界最大手のヘッジファンドであるAQRである。一方トップ・ダウン・アプローチの信奉者として有名なのは、サイエンティフィック・ベータ社などであろうか。

 

図 6 インデックスの生成過程と問題点のまとめ

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[1] 正確にはサイズ・ファクターにバリュー・ファクターが混ざっているともいえるが、サイズ・ファクターとバリュー・ファクターの両方にリクイディティ・ファクターの要素が入っているため、このような一時的な高相関を持ってしまう可能性がある。

 

上記で発生する問題を整理すると、2つの問題が浮かび上がる。

 

図 7 インデックス組成時の問題点

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銘柄選定/スコアリング問題

同じファクターをベースにしたとしても、インデックス・プロバイダーによって銘柄選定のロジックが異なるため、選定される銘柄に差異が生まれ、パフォーマンスが異なってしまう。そのため、ファクターの抽出が適切かどうかの判断ができない。

 

ウェイト問題

銘柄選定もしくはスコアリング方法が同じでもウェイト付けのロジックが異なる場合、結果としてパフォーマンスが異なり、適切なファクターの抽出が行われているかの判断ができない(マルチ・ファクターの場合も上記は同じと考える)。

 

 つまるところ、「純粋なファクターの抽出ができているか?」という点に行きつく(純粋なファクターでなくなってしまうことをファクターが汚れるという)。

 この点をもう少し具体的に説明する。仮にファーマ・フレンチの3ファクター・モデルにおける2つのファクターに分散投資をしたいと考えたとしよう。ファーマ・フレンチの3ファクター・モデルにおけるファクター・プレミアムの式をもう一度思い出していただきたい。

 

彼らは

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と定式化している。ここでは感応度(=リスク)はどの程度取るかという問題は脇において、ファクター・プレミアムの獲得のみに注目する。

すでに説明したようにファーマ・フレンチは市場にある全銘柄を大型/小型とバリュー株/中間株/グロース株という2x3のマトリックスで分割し、6つのポートフォリオ群を設けた。そして、バリュー株のファクター・プレミアムはPF9-PF11で、小型株のファクターはPF8-PF7で獲得できると定義した(この差をファクター・スプレッドと呼ぶ)。

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最も簡単にファクターの獲得を行う場合は、ファクター・スプレッドを実現するようなロング・ショート取引が適しているが、取引のショートはコストが高いため現実的ではない[1]。そこで提案されたのが「PF9に投資すれば、バリュー株の効果をPF8に投資すれば小型株の効果を強くもったポートフォリオができるのではないか?」という発想である。しかし、市場ポートフォリオ(PF12)の銘柄数が1600銘柄とすると、単純に時価総額の小さい銘柄、下位800社に投資して本当に小型株ファクターの獲得が現実的かというと、いささかの不安が残る。そこで、実務の世界ではより小型株効果を鮮明にするために、1600の銘柄を例えば下位200社に絞ってファクターの純化を進めるのである。

一定のルールで純化されたポートフォリオには’(ダッシュ)をつける。小型株であればPF8’である。時価総額加重である限り、PF8もPF8’もスタイル指数である。

小型株の場合は刻みを細かくすれば良いが、バリュー株ではすでに洗練されている場合が多く、時価簿価比率に加えて、割安株がもつ特徴(株価収益率や配当利回りなど)を用いて、割安度をスコアリングするという方法が一般的である。例えば、私がデューデリジェンスしたファクター指数においても、3つのスコアリング要素により割安度をランク付けしたものもあれば、9個程度のスコアリング要素をもって割安度をランク付けしたものもある。このスコアリングに応じてアロケーションを調整したものは、時価総額加重平均の指数とはいえないため、スタイル・インデックスではなく、ファクター指数となる。

銘柄選定にしても、ウェイト付けにしてもインデックス・プロバイダーが介入するため、スタイル・インデックスおよびファクター・インデックスに投資する際には自分がとりたいファクターがどの程度適切に反映されているかの検証が必要になる。マクロ・リスク・プレミアム戦略投資についての検証方法については後述する。

このようにインデックスを通じて小型株とバリュー株のファクター抽出を行い、この二つのインデックスに投資するという場合に、先ほど述べたトップ・タウン・アプローチとボトム・アップ・アプローチがある。ここからはトップ・ダウン・アプローチとボトム・アップ・アプローチの手法について図解とともに説明する。

例えば、バリュースコアを横軸にサイズスコアを縦軸にとったとして、それぞれのスタイル・インデックスやファクター・インデックスで70点以上のスコアを達成した銘柄を採用したとすると、バリュー・ファクター・インデックスには下図のB、E、Gのエリアに入る銘柄が選定され、サイズ・ファクター・インデックスにはC、F、Gの銘柄が採用されるはずである。トップ・ダウン・アプローチの場合はそれぞれを独立した対象とみなして、両者を加重平均する一方、ボトム・アップ・アプローチの場合は両者のスコア合計が100点以上のものに投資するというイメージとなる。下図でいえばD,E、F,Gに投資することになる。一般には前者のほうがパフォーマンスの寄与度がわかりやすいとされているが、パフォーマンスの観点からは後者のほうが良いパフォーマンスを達成する可能性がある。

 

図 8 トップ・ダウン・アプローチとボトム・アップ・アプローチの手法の違い

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[1] この点は非常に重要である。なぜなら、メジャーなファクターはすべてスプレッド形式であらわされており、コストが高いためにファクター・プレミアムの獲得困難ということであれば、実質的にこれらの分析の意義が問われてしまう。しかし、後述する用にスプレッドの形でなくともファクターの獲得はある程度可能であるという考えのもとにたち本書は議論を進める

 

 

金融商品提供者と研究者との一番の違いは、提供者にとってリスク・プレミアム戦略運用は商品であるという点である。商品であるために、売るために見た目を良くする努力を惜しまない。結果として、ファクター・リスク・プレミアムが汚れてしまう可能性があるのである。しかし、実際の運用としてある程度の汚れは致し方ないともいえる。このあたりの議論は投資家からみたリスク・プレミアム戦略運用の説明の後に説明する。

最後に金融商品提供者のインセンティブから考えられる注意について説明する。金融商品提供者と投資家のやりとりでは、どうしても金融商品提供者の利益と投資家の利益の相反が発生する。つまり、バックテストの見た目をできるだけ良くしたいという金融商品提供者の視点と、取引コストの2点に注意が必要である。これらのポイントは個々の商品によって内容が異なるので、別の章に説明を譲る。また、本章の後半で述べられている検討点については金融商品提供者が良心的であったとしても発生する問題である。

次節では投資家の立場からみたリスク・プレミアム投資について考えてみたい。